昨日は、『はじめてのチラシ配り』について書いた。その中で、こう書いた。
はじめの一人がめっちゃ緊張する
結構さらっと書いているが、実は、めっちゃくちゃ緊張した。
はじめの一人にチラシを渡すまで、何度も何度も躊躇した。
どこでチラシを配ろうか、誰にチラシを渡そうか。そんなことを漠然と考えている時はいい。
「よし、ここで配ろう!」「この人に渡そう!」と意を決した途端に、不安になる。
「無視されたらどうしよう」「無下に断られたらどうしよう」なんてことを考えはじめてしまう。
そんなことを考えているうちに、その人は立ち去っていく。
少し残念で、少しホッとする。
そしてまた別の人がやってくる。
「今度こそ、この人にチラシを渡そう!」と意を決する。
だが、また想像してしまう。
「無視されるのではないか?」「無下に断られるのではないか?」なんてことを考えはじめてしまう。
「オレはやるぞ!」との意気込みは大したものだが、いざ目の前に人が来ると意気消沈してしまう。
まさに大言壮語。
口だけ番長。
私は、何度も何度もため息をついた。
「オレ、アカンわぁー」って、自分で自分に幻滅した。
正直に言う。
はじめてのチラシ配りの日。
しばらく一つ所に佇みながら、何の行動も起こせずにいた。
そして私は、一瞬こう考えた。
「いまは止めておこう。また後にしよう」
もちろん、もっともらしい理由も出てきた。
「いまは朝の通勤途中だ。こんな時間にお時間をいただくのは失礼だ」とか。
「朝よりも昼の方が、休憩中だからチラシを受け取ってもらいやすいだろう。話も聞いてもらいやすいだろう」とか。
「一人でやるより、他の人にも手伝ってもらった方が効果的だろう」とか。
だが、所詮は言い訳だった。
私は自分でわかっていた。
ただ単に、「怖い」のだ、と。
無視されること、断られること、バカにされることが怖いのだ。
ただのチラシ配りなのに。
ものすごい自意識過剰。
そして私はこう思った。
このまま帰ったら、オレは一生、一人チラシ配りのできない人間になってしまう
チラシ一枚配れない人間が、次世代リーダー輩出!なんてことを言えるか?
それこそ笑いもんやん!
チラシを配って笑われるのと、本当に自分がやりたいことをやれずに笑われること。
どちらが恥ずかしいのか。
どちらが情けないのか。
考えるまでもなかった。
そして、私ははじめの一人に声をかけた。
「あの〜、すみません。チラシをもらってくれませんか?」と。
いま思い出すと、ほんとうに情けない一言。
「こんにちは」の挨拶すら忘れていたかもしれない。
でも、その人は快くチラシを受け取ってくれた。
たかがチラシ配り。
されどチラシ配り。
はじめの一歩を踏み出す鍵は、「ただそこから逃げないこと」だけなのかもしれない。
昨日はチラシ配り2日目だった。
いまだ申し込みに繋がるような成果はない。
今日も逃げずにチラシを配るのみ。
止めることなら、いつだってできる!
どっひー &sing