今日、はじめて日本舞踊を観る。
友人が出演する舞台を観に行く。
日本で生まれて早44年。
いままで一度も日本舞踊を観たことがない。
狂言は、小学校の頃に観た記憶がある。ある時、体育館でやっていた。演目は『ぶす』だったと思う。太郎冠者、次郎冠者が出てきて、あれあれとコミカルな動きをしていた。妙な面白さがあった。大人になってからも、野村萬斎さんの狂言を観に行ったことがある。
だが、日本舞踊は観たことがない。歌舞伎もそう。
なぜだろうか?と、ふと疑問に思う。
まぁ、自分で観に行かなかったから、と言えばそれまでなのだが。
ミュージカルは観に行ったことがある。高校時代には、ヒップホップダンスが流行っていた。MCハマーとか、ダンス甲子園とか。当時、自分でダンスを創って、体育祭で踊ったこともある。
ダンスは観たり踊ったり創ったりしたことがあるけど、日本舞踊は観たことも踊ったことも創ったこともない。あえて知っている日本の踊りと言えば、盆踊りくらいだろうか。
なんか不思議だなぁー、と思う。
体験したこともないのに、ダンスは面白くて、日本舞踊は面白くなさそうなもの、という先入観が自分の中にある。
だから、最初に誘われた時も、どうしよっかなぁーと躊躇した。なんか堅苦しそうだし、つまらなそうだし。でも友人がやる演目だし、ここで観に行かなければ一生観に行くこともなさそうだし。と思って観に行くことに決めた。
それにしても、なぜ私は、日本舞踊は面白くなさそうなもの、と思っているのだろうか。体験したこともないのに、である。
ポイントは、「体験したこともないのに」にある。
要は、自分の中にある先入観は、人からの噂により形成されているということだ。
あるいは、知らず知らずの間に”自分の目の前に提示されてきたもの”(ダンス)と、”自分の目の前に提示されてこなかったもの”(日本舞踊)とによって形成されているということだ。
子どもの頃、日本舞踊に触れながら生まれ育っていたら、日本舞踊に対して全く違った印象を持っていただろう。
私は決して、日本舞踊が良くて、ダンスは良くない、と言いたい訳ではない。日本舞踊もダンスも素晴らしいものだ。踊りは万国共通で素晴らしい。ソウルを感じる。
私が言いたいのは、日本で生まれ育ってきたにもかかわらず、日本舞踊を観たことも踊ったことも創ったこともない、ということに対する違和感だ。
日本人として、何を大切にするのか?
自国の文化を知らなければ、他国の文化を真に知ることはできないのではないだろうか?
自国の文化を尊重できなければ、他国の文化を真に尊重することもできないのではないだろうか?
もしかしたら、ミュージカルを観ても、ヒップホップダンスを観ても、上っ面しか観ていないのかもしれない。
誰がどんな想いで、それを創始し、継承発展させてきたのか。なぜ、いまそのスタイルの踊りに辿り着いたのか。今後、どんなスタイルの踊りに変化していこうとしているのか。
100年以上の時間軸で、自国の文化を知ることは、他国の文化をより深く知ることにも繋がるのではないだろうか。
まぁ、あまり頭でっかちに考えたい訳ではないんですけど…
少なくとも、あまり先入観に囚われずに、日本舞踊を観てみたいな、と思っています。せっかくのいい機会ですので。子どもたちがどう感じるのかも楽しみです。
ってことで、今日は、日本舞踊を初体験してきます。
みなさんにも、今日、良き初体験がありますように♪
TAKU &sing